人生という日常の合間に見つけた平凡な感動や、過ぎ去る時間のぼんやり思惑。 人生紀行

 
教室
No.118 春の便り(6) 2008. 6.23

 Yの前では心から笑うことも、悲しい素振りを見せることもできなくなっていて、卒業を機に離れてしまえることで内心ほっとしながらも、無力感や自分を責める気持ちは大きく、新しい環境でも無味乾燥な心の状態がしばらく続いた。
 
 話はもう少し続く。
 それから半年が過ぎた。私はようやく慣れてきた場所で、慣れてきた仲間と、慣れてきた日々を過ごし、勉強や与えられた仕事等に邁進し充実していたと言えるだろう。当然Yとは連絡を交わすことも無く、友達と言えるような関係ではなかった。ただ私の中には「Yに悪いことをした」という思いだけはずっと残っていた。
 夏休みを迎えていたある日、私は周りに遊べる友人もおらず、やりたいことも見当たらず、一人休みの空いた時間に孤独感が強まっていて‥寂しくて、いたたまれない気持ちからYに手紙を書くために筆を執った。
 
 好きだったこと。彼氏がいるのを知って距離を空けたこと。嫉妬があったこと。すまなかった‥と、正直に綴る。それから、今の自分の暮らし(冴えないなりに楽しくやっていること)などを書き添えて、数枚に及んだ手紙を遠く離れたYに宛てて投函した。切手は見慣れないものを郵便局で買って貼り付けた。
 時間と十分すぎる距離を空けたことで、ようやく告げられるようになった言葉の数々だが、正直な気持ちを伝えて迷惑がられる内容は世に多いことは判っていたから、書き綴るのにも、投函するにも、迷いや不安が付きまとっていた。最後は“勢い”と“無心”でポストに手紙を投げ込むが、安堵と解放を自分の胸に覚えながらも、繰り返し打ち寄せる後悔の気持ちでグチャグチャと心はかき乱れた。
 
 冷徹に眺めればその手紙は私の自己満足で、“今さら”ながらもYに許してもらいたくて、自分の良心を満足させたくて、そして今の寂しさを紛らわせたくて‥。そういう一方的な気持ちから記した手紙でもあったから、ふと返事を期待してしまうたびに自分を恥ずかしく思い「返事は期待するものじゃない」と戒めるのだったが‥、
 
 それから2・3週後、Yからの手紙が届く。
 
 封筒にYの名前を見てとても嬉しかった。が、即座にまだ見ぬ内容(返事)には大きな不安を感じ、私はとても緊張しながら手紙の封を解いた。
 手紙には整った綺麗な文字でYの近況と、私の手紙への返事などが書かれていた。
 
春の便り(7)へつづく 
 

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