人生という日常の合間に見つけた平凡な感動や、過ぎ去る時間のぼんやり思惑。 人生紀行

 
葱坊主
No.56 4月は嘘つきのはじまり(4) 2005. 5.27

 「ずっと好きだった。俺じゃ駄目だろうか?恋愛対象にならないだろうか?」声がかすれそうになるほど緊張している。
 『‥。そうだったんだ‥、あの結婚の話をした後からあなたの口数が減ってたから、どうかしたのかな?って思ってたけど‥、そういう事だったんだ。』
 「考えてみて欲しいんだ、俺のこと。」

 しかし、結果は見えていた。彼女は付き合っている彼氏がいて結婚の話まででているのだ。
 少し考えた後、彼女は言った。
 『あの‥、あなたはいい人だけど、恋愛対象としては見れない。やっぱり私は彼の方に惹かれている。』
 まるで焼け石に水だった。
 『でもあなたとはこれまでも変らぬ友人として続いていきたいの。私は今までと変わらずにあなたには接するよ。』彼女の本心だろう。
 私は視界が揺れて狭くなる感覚を憶えながら、口にできる言葉を必死に探す。
 「‥。‥それは、俺にできるかわからない。今までの君との友人関係は自分の恋愛感情によって成立してたから‥。君の事が好きじゃなければ友人関係にはなっていなかったかもしれない。‥今までと同じでは居れないと思う。」本心だった。
 『‥。』「‥。」お互いの沈黙の後、彼女が聞いた。
 『どうして、今まで隠してたの?』
 「言えなかった。恥ずかしさや、断られるかもしれない臆病な気持ち、それと君からは友人としてしか見られていなかったこともずっとその君の態度で解かっていたから‥。だけど好きだったんだ。」
 『でも言わなきゃ伝わらないよ。言わないとこれからも絶対伝わらない。』
 「友人関係を続けながら徐々に距離を詰めて、いつか気持ちを伝えるつもりでいたんだ。」
 『そんな“いつか”って、いつ言うの?私なら気になったらどんどん行動したり口にしてみたりするよ。』
 「‥去年の暮れにも言おうとしたけど、友人としての頼み事(一緒にアルバイトすること)を君から聞いて、今年それが終わるまでは言えないと思った。友達でいることが君の為にも力にもなると思ったから。だから‥。」まるで高山に居るかのように空気を薄く感じて胸が苦しい。
 『仕事はこの後もやってくれるよね?いままで通りやってほしいし、私にもそう接してほしいけど‥。』一緒にしているアルバイトのことだ。
 「それもこれから始まってみないとわからない。仕事をがんばっていたのは君が好きだったから‥。」
 『ショック‥。そういうつもりでやっていたなんて。もっと仕事にやりがいをもってやっていると思ってた。』
 「‥やりがいは感じていたけど、それが全てじゃなかったし、君がいなければ、あえて今その仕事を進んでやったりはしなかったと思う。だから、今まで通りに君と仕事をすることは難しいかもしれない。それにきっと、そういう俺とでは君もこれまでの様な友達として俺と接するのは難しいと思う‥。今後仕事がやりにくい態度なら怒ってくれていいし、俺が仕事を辞めてもいい。」
 彼女との本音の会話がしばらく続いた。
 
4月は嘘つきのはじまり(5)へつづく 
 

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