人生という日常の合間に見つけた平凡な感動や、過ぎ去る時間のぼんやり思惑。 人生紀行

 
カメ
No.57 4月は嘘つきのはじまり(5) 2005. 6. 7

 「‥ごめん、こうなることは解かってたはずなのに“好きだ”なんて言ってごめん。今までの関係を崩すようなことになってごめん‥。」
 『そんなことないよ、好きって言ってくれて嬉しかったよ。それにあなたはとても仕事が器用だし尊敬もしてる。本心をすぐに言わないところも、それがあなたの良さだと思う。でも‥、うん。あなたはいい人だけど、ただ私にとって付き合う相手とかそういうんじゃないの。つまり、今の彼は一緒にいることとかが自然で不思議な縁があるの。あなたが駄目とか劣っているとかじゃなくて、ただそういう関係としては違ったの。自信なくしたりしないで欲しい。』
 「‥‥。」
 『‥でも、確かにあなたの立場なら今後私と一緒にいるのは辛いよね。‥実はあなたが“私のことを好きかもしれない”って勘は少しあったの。でもそれらしい行動とかをあなたが見せなかったから友達だと思ってきたし、色々助けてくれるのを疑問もなく頼ってきてしまったの。だから、‥ごめんなさい。私も悪かった。辛かったら仕事辞めてもいいよ。私一人でもなんとかやれるから‥。』
 「‥。」振られた彼女に教えられ、励まされ、自信をもてと慰められ‥、私は泣き出しそうになるのを堪えていた。
 『‥大丈夫?』彼女が自分の様子を察して聞く。
 「仕事は‥。俺‥。」思考が止まり答えが出せない。
 『私は、この先あなたと関係(友達)は持っていたいし、本当は一緒に仕事もしてほしいけど‥、あなたが私に会うのが辛いなら、それは仕方のないことだから。』
 「‥。今は頭が働かない。少し考えるよ。」冷静に考えられない私は彼女とのこの先の事に関して明言を避け、力なく答えた。
 初めて嘘じゃない自分の気持ちや思っていたことが彼女の前で言えた。今まで聞いたことの無い彼女の本心。ふだん彼女とは口にしてこれなかった話が初めてできた。しかし、私が振られる事実に変わりはなく、お互い電話を持ったまま長い沈黙になる。
 「‥。」『‥。』
 『じゃ、これで切るね。また(仕事の)予定連絡するから。』
 「うん‥」 ‥そして電話を切った。
 長く患った片想いの恋と嘘が終わった。
 幼稚で臆病で、いやらしくて情けない男の自分が、ポツリと世界に取り残されたように思えて次から次へと涙がこぼれてくるのでした。
 
 
 どこにでもありふれた、近くて遠い昔むかしのお話。
 
4月は嘘つきのはじまり(6)へつづく 
 

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