人生という日常の合間に見つけた平凡な感動や、過ぎ去る時間のぼんやり思惑。 人生紀行

 
No.36 夏の亡霊(1) 2004. 7. 26

 ある展覧会に一人出向いた。私の学生時代の恩師と、その主宰する工房で現在制作する作家さん達のグループ展だ。
 到着したときは昼を少し過ぎたあたりで人が少ない時間であった。恩師の先生に挨拶をし、面白い形の作品達に見入っていると、懐かしい顔が会場の入り口からふらりとやって来た。彼(後輩のA)とは2年間ほど共に美術を学んだ仲間の一人で、一緒に酒をのんだり飯を食ったりした仲だった。
 数年ぶりに会うそのAの顔は変わりなく「おお、久しぶり〜っ!!」という声が喉元まで出かかったが、Aに続いて入ってきた連れの女性が見知らぬ顔で、瞬間ハッと何かある種の感情が私の口をつぐませた。
 動揺を表に出したつもりはない。別段大げさなことが起きた素振りも無く久しぶりに再会するAに対して軽い会釈で初めの挨拶を済ませる。静かな会場内での極自然な対応だ‥、しかしAに勢いよく声を掛けるタイミングを失くしたのは事実だった。
 Aはまず受付に座る恩師の先生と挨拶をすると、後ろに控えている女性をサラリと先生だけに紹介した。名前を紹介された後ろの女性は控え目にお辞儀をする。そしてAは先生と今回のグループ展の作品についてや他の世間話を始め出していた。
 私は一人で部屋の奥にある作品へ向かいながらも、その作品とは全く別のことを考えていた。「勝手な推測だ。」そう心の中で自分に言い聞かせるが、私は彼(A)と彼女(連れの女性)の関係が気になってしょうがない。‥でもそれを今この場でAに尋ねることができないでいた。
 
 数年前の学生の頃、Aはいつも別の彼女と一緒だった。
 
夏の亡霊(2)へつづく
 

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