人生という日常の合間に見つけた平凡な感動や、過ぎ去る時間のぼんやり思惑。 人生紀行

 
教材ネタ
No.125 1月のユウウツ?(2) 2009. 2.23

 さて、昨年の2008年は現金がほとんど底をついてしまったので、実は4月から他の仕事(アルバイト)に出ていた。年金を滞納する羽目になったどころか活動・制作資金が無くなってしまい、営業道具にもなっている携帯電話を止めることを検討し出して「これはイカン」と焦ったのだ。
 昨年の春から始めて現在も継続中のアルバイトは2つ。
 1つは建築事務所で、事務やWeb・PCに関連したことなどを。もう1つは、小学校で図工の講師。どちらも少ない日数ながら細々とやらせてもらっている。当初、アルバイトは1件だけのつもりだったが、どういうわけか、たまたま人手が足りない情報が私に巡ってきて後者の講師を引き受け、2つ掛け持ちとなる。
 「アルバイトと自分のことをバランスよく行う」と思っていた4月だったが、私には“時給オン・オフの切り替え通り”に生活や思考の切り替えが難しかった。講師仕事は時間外労働が多い(片付け・準備・予習・成績付け)もので、失くす時間も多いのは予想していたが、両者の仕事共に生活リズムを整えることや、なれない環境・仕事内容への勉強や精神的疲労などで、予想以上に時間を紛失し“肝心な自分の制作にかける時間”が極端に少ない1年になった。要は自分の弱い意思によって色々と諦めてしまった1年だったのだ。
 その換わりに得られたお金なのだが、“時給仕事”というものは恐ろしいものだとつくづく思った。「指示された事をやって時間を過ごせば現金収入になる」という状況は、うっかりしていると徐々に主体的な気力と思考を退化させてしまう。確実に現金収入になるのは結構なことだが、クリエイターにとっては「大切なもの」をゆっくりと失うかもしれず、時給の仕組みに賢く身を委ねることは甘い誘惑の先に身を滅ぼす“麻薬”のようでもある。かと言って、創造的・自主的に仕事へ臨めば、時給を無視して勤務外に時間を費やしてしまうのは避けられず‥。うーむ。
 〔たとえ時給仕事だろうと自分の制作時間だろうと、自分が生きている1日24時間という時間を1分だってつまらない気分で過ごしたくない。〕そんな想いが自分の興味や集中力を支えているんだけど、その発想が自分時間を圧縮してしまったわけで、このジレンマが生むユウウツは今年も続きそうなのだ。
 自分の時間の使い方を再度見直したり何か新しい発想の転換で、良い方向へ気持ちを向かわせなければいけないなぁ‥と、近頃少しづつ増えてきた春の雨を見てぼんやり考えるのです。(雨の日は時給仕事を休みにして、自分の制作日にしたい‥軟弱)
 
1月のユウウツ? おしまい 
 

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