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W−4 《長城の果てに》 |
〔お、また一台、車が来た。〕
右手の親指を突き出し、道路側に腕を伸ばして上下に振った。
〔止まってくれ〜!〕 |
車は容赦なく走り過ぎてゆく。辺りは暗く三日月が浮かび上がっていた。ハンガリー人のカップルと私、高速道路の上でする夜のヒッチハイクはなかなかのスリルがある。
〔中国でこんなことをするとは思ってもみなかった。なんだか昼間の楽しかった万里の長城がずっと前の出来事みたい…。それから昼飯の北京ダックも。俺って相変わらず冴えないなぁ、でもなんか笑えるなこのシチュエーション…あ、また車が来る。〕
その日の昼に食べた北京ダックはうまかった。世界的に有名な、中華北京料理である北京ダックは、香ばしく焼き上げた皮付きの鴨肉を薄焼きの小麦粉(?)生地に、細ネギと一緒に包み、甘い味噌だれをつけて食べる高級料理の一つだ。
北京に来たときから食べようと思っていた北京ダックなのだが、北京入りして5日以上過ぎたのに、私が一人旅ということもありまだ食べていなかった。(大それた中華料理を一人で食べることに抵抗があったし、それに少し値段も高かったのだ。)
8月19日、曇り空が多かった北京だが、久しぶりに朝から晴れた。〔今日は、あの万里の長城へ行ってみよう。〕と思いながら昼頃に宿を出て、まず昼食を採るべく街に繰り出す。いつもながら、昼に何を食べるのかは問題なのであるが〔今日こそは北京ダックを食うぞ。〕と意欲的に北京ダックの店に突入し、迷わず一人で北京ダックを注文したのだった。(この日の私はなぜか意欲的だったように感じる。) |
〔ビールに北京ダック。…うまい!〕 |
一人で食いきれない程の量の料理を、時間をかけてほぼ完食し、店の人と少し話もして大いに満足し、店を出ると昼の2時を過ぎていた。それから北京の中心街までバスで出て万里の長城行きバスが出ているバス停を探す。地図とガイドブックを開き、バス停まで辿り着き、長城に行くバスに乗り込んだ。
バスは高速道路を走り飛ばして1時間強。隣街へ行く途中の長城前で下車し、万里の長城に到着すると5時を過ぎて、陽が傾きだしていた。最高のタイミングである。夕陽に照らされた長城の景色は素晴らしい。もともと、夕陽の光というのはどんな物でも綺麗に見せてしまう魔力を持っているのである。特に古い石造建築物は夕陽の光のもとで見たり写真撮影したりすると、非常によく見えるのだ。
そんな素晴らしい景色を背景にして、私はリュックサックからけん玉を取り出した。 |
「カッ、コッ、カッ、シャコッ。」
決まった!! 万里の長城で世界一周できました。
おそらく、万里の長城でけん玉世界一周をやり遂げた者は、多く見積もっても世界中で20人はいないだろう(勝手な推測)。これで、この一人旅の中国における最大の目的を達成した。
少し筋肉痛になる程、勾配のきつい万里の長城を歩きまわり、陽も暮れて辺りがうっすらと暗くなりだした。
〔いや〜、いい時間にやって来れた。天気も晴れてたし、夕暮の長城は最高。今日は念願の北京ダックも食べれたし満足満足。充実した一日だったなぁ。〕
…と、ここまでは最高の一日だった。 |
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ライトアップされた万里の長城を背後にながめつつバス停へと向かう。その道中で中国人の1グループと出くわした。一人の中国人男性が話しかけてくる。なにかを私に告げたいようだ。頑張って話を聞き取とると… |
「没有、汽車。=メイヨウ、チーチャー」
〔え?!バスが無い…〕 |
〔それは、やばい!〕楽しい一日もここで事態が急変した。急いでバス停へ行き、バスの停車時間を確認する…がそんなものは無い。この長城のバス亭は北京とその隣の都市とを結ぶ通過地点で、バスがいつ停車するかは決まっていないのだ。基本的に乗客が居ないとバスは運行しないようで、一日あたりのバスの本数も終バスの時間も毎日不確定なのである。陽が暮れて観光客が居なくなれば、バスも運行していないと考えてよい。
さっきの中国人の言った通りバスが無い。少し待ってみるが来る気配も無い。あたりは暗くなり、高速道路の下道を走る車やトラックも無くなった。闇と共に周りを静けさが包みだし、茂みの中で虫たちが鳴いている。
〔困ったことになった…。とは言ってもバスが無いならしょうがない。明日の予定が決まってるわけじゃないし、まぁ適当にそこらの軒下なんかで横になって、朝にバスが来たらそれに乗って帰るとするか。さいわいそれ程寒くなりそうもないし…〕 |
ということでまず野宿を覚悟する。しかし今日の私は少し行動力があった。 |
〔一応まだどこかの観光会社のバスが長城の駐車場に留まっているかもしれない。探し出して、北京に連れていってもらうように交渉してみよう。もしバスがいないなら一般車にも訪ねてみよう。〕
さっそく行動開始だ。駐車場に行くと2・3台のバスと乗用車がまだ停まっていた。運転手らしき人に「北京に行きたいのだが…。」と話しかけるが、行く先が違ったり営業は終了したりとことごとく断わられた。 |
〔チッ、ダメか。じゃあ次だ。時々この長城を通りかかる車を止めて交渉だ!〕 |
ヒッチハイクを試みるため、長城の入り口付近へ急行した。時間が遅くなればなるほど交通量が減って車を捕まえにくくなる。速歩きで向かう道すがら、通行する車の中国人に話し掛けている白人カップルに出くわした。 |
〔どうやらこのカップルもバスが無くなって困っているな…。〕 |
直感的にそう思って立ち止まり、そのカップルと中国人の会話を立ち聞きするとやはりバスについて話し合っているようだ。車の中国人とは交渉決裂。車は3人の前を走り去った。がっかりした様子のカップルに英語でたずねてみた、
「I want to go Peijincity.But,bus is nothing now.Where
will you go? (私は北京に行きたいが、現在バスは無くなってしまった。あなた達はどこへ行くのですか?)」〔発音も、文章の組み立ても自信ないけど…、つ、通じたかな?〕
「We will go Peijin.Can you speak English?(私達は北京に行くつもりだ。君は英語を話せるのか?)」 |
〔お、通じた。〕「A little.(少し。)」と答える。
「Are you from?」(どこの出身なんだい?) 「I am Japanese.」(日本人です。)
「Can you speak Chinese?」(中国語喋れますか?) 「Yes,a little speak.」(少し。) |
わずかに記憶する基本的な英単語(中学生レベル)を組み合わせて、やっとこなんとこ会話を進める私と白人カップルの二人。二人はハンガリー出身で、これからなんとしても少ない金額で北京へ戻りたい…とのことなので、一緒にヒッチハイクを試みることになるのだった。
「とにかくここでは車の交通量が少ない。高速道路まで出たほうがいい。」と提案して3人で高速道路に上がれば、凄い勢いで私達の横を車が走り飛んで行く。恐々と道端を歩きながら向かってくる車に、右手の親指を上にむけ腕を振った。
数台の車にトライするうちに一台のミニバス車が止まった。期待を込めて走り寄る。ハンガリー人達は中国語がほとんど理解できないらしく、(駄目なりにも)私が主に交渉する。 |
「北京まで行きたい。3人でいくらになる?」
「500元。」
〔どっひぇ〜!!高いっスョ。何それ?!〕 |
すかさず、値引きをするが最低でも400元までしか下がらない。ハンガリー人と私は3人で100元が上限だ。たしかにミニバスの運転手達の言い分はよくわかる。今、運転手達は隣街に帰る途中だとかで、ここで私達を乗せればもう一度北京へ行って戻って来るハメになる。しかもその間の乗客は私達3人だけなのだ。北京からこの長城までは通常で一人20元の運賃、それでこのバスの定員が20人ならば北京から長城の片道で400元の売り上げになる。彼らの提示する金額はその理論ならば妥当どころか目一杯値引きしていると理解できるが、私達にそれを飲み込むことはできない。
交渉の概要をハンガリー人の二人に英語に訳して伝えると、3人で肩を落としてそのミニバスを降りた。三日月が闇の空に浮かび上がっている。 |
そしてまた夜の高速道路でヒッチハイク。 |
2人のカップルはそうとう疲労が進んでいる。私は昼間に腹いっぱいに食ったおかげで彼ら程に疲れも空腹もない。何台も車に通り過ぎられたあげく、交通量も徐々に減ってきた。…と、そのとき高速道路に面した建物から一台の作業車らしき影が道に出ようとしているのが見えた。
〔高速道路に面した建物?なんだろう?サービスエリアのような物じゃなさそうだし…作業車から言って当然一般家庭でもないハズ。と、とにかくあの車にアタックだ!〕
その車に近寄っていくと、どうやら道路公団の巡回作業車であることが分かった。その作業車の運転手と交渉すると、渋りながらもOKが出た。車に乗り込みながら値段を聞くけれども、値段を提示しない。
〔さすがはオフィシャルワーカー(公務員)、無料で連れてってくれるのか?たしかにこの人、ひとが良さそうだ…。〕車は3人を乗せて夜の高速道路を走りだした。 |
走ること15分、車が高速道路上で止まった。そしてオフィシャルワーカーは言った。
「ここまでで100元。北京までゆくなら300元だ。」 |
〔…な、な、なんだとーっ?!バカー、貴様は最低だー!!おまえはオフィシャルワーカーだろうが!!さっき俺が値段聞いただろうが!!なぜその時言わんかったー!〕
怒り爆発で唖然である。いらだつ心を押さえながら、ハンガリー人カップルに事情を説明し、しかたなく3人で100元を泣く泣く払い車を降りた(今思えば払う必要無かった)。高速道路の降り口がすぐそこにある…ここは一体どこら辺なのか。 |
高速道路をそこから降りて、再びヒッチハイクである。 |
とぼとぼと北京方向に歩きながら2・3台の車にトライすると、ある車が止まった。 〔どうせまた、法外な値段をふっかけられるに違いない。中国人はあてにならん。〕
これまでに積み上がった中国人に対する不信感から、既に期待を無くしていた私だが、北京へ行くと言う車の人達に、すがるような気持ちで値段を聞いた。 |
「多少銭?=ドゥオシャオチエン(いくらですか?)」
「不要。=ブーヤオ(いらない。)」 |
意外な内容が即答で返ってきた。ハンガリー人と共に、喜んで車に乗り込むと車は一直線に北京へ。運転手のおじさんは見かけは恐そうで無口な人だったが、本当は人情味あるとてもいい人なのだ。(勝手な推理。)
〔それにしても中国人というヒト達は…わからん。採算主義のミニバスはまだ納得できるが、あのオフィシャルワーカーとこの普通のおっさんとの違いはなんだ?!これから発展を遂げて行くであろう国の公務員があれでは先が思いやられる。こころよく車に乗せてくれたこの車の人達に感謝。謝謝。〕
車は北京に到着。ハンガリー人と3人で地下鉄駅の近くで降ろしてもらい、車の人達にお礼を言うと、サッと車は走り去って行った。周りにある中国語のネオンサインが懐かしさをおぼえる。ホッとした気持ちになって、安堵感と嬉しさが私の心にじわりと訪れた。 ハンガリー人カップルと握手を交わし、お互いの無事を噛み締めて喜び合う。その後の旅の無事を祈って二人とそこで別れ、私は一人地下鉄に乗り込むのであった。時間は既に夜の11時30分を過ぎ地下鉄は終電を残すのみになっていた。終電に乗り込み電車に揺られながら今日の彷徨った光景を思い返す…。 |
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万里の長城、三日月と高速道路、走り去る車、ミニバス、高速道路の作業車、オフィシャルワーカー、ハンガリー人カップル、一般乗用車の人達、北京の街灯り…今日一日の出来事が繰り返し頭の中で駆け巡るのであった…。とてもとても長い一日が終わった。一昨日のこと(リーリュウの話)を含めいろいろ考えさせる内容の一日であった。
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大連で私を待つものは、やはり悲しい現実なのか?
…宿に着きビールを飲んで深い眠りにつく頃、時計の針は0時をとうに回っていた。 |
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