V−4 《遊牧民をたずねて》
 
 水道も電気もないモンゴルの大平原で暮らす遊牧民。彼らの暮らしとはどんなものなのか?まみぃのはからいにより、彼女の職場の同僚の親戚で遊牧生活をする家族のところに訪問することができた。
 車にゆられて約2時間。ウランバートル近郊の広大な草原のなかに、ポツリと肉まんじゅうの様な形をした白い建物が見えてきた。それがモンゴル遊牧民の住まう「ゲル」である。およそ直径12メートル、最高部の高さは2メートル程で、布・フェルト地・木材などで構成され、組立・分解が容易な遊牧民の住居だ。
 一般的に遊牧民達は夏と冬で生活場所を変えるので、年に2・3度ゲルを分解して運び新たな場所に組立て、移動しながら遊牧生活を送っている。しかし、このゲルには分解・組立が容易であるという利点のほかに「住居としての値段が安い」という大きな利点もあるのだ。この利点によって、ウランバートルなどのモンゴルの大都市でもゲルを組立てて生活をする人は多い。その場合、移動はせずに定住という形で都市に暮らし、会社などに勤めながら生活をする人も多いようだ。
 
なだらかな緑の丘に囲まれた草原の中、目的のゲルに到着した。
〔うわ〜馬だ!牛だ!羊だ!見渡すかぎりの草原だ!!〕
 
 あたりの草原では、馬や牛や羊がモシャモシャと草を食べながらゆったりと時間が流れていた。白い雲が青い空に漂い、草色の草原がどこまでも続き、そよぐ風にはハーブの香りが乗り、広大な大自然の中ではのんびりと動物たちが過ごす…この景色を体感できただけでも「モンゴル来て良かった〜」と思えるのだ。
草原
 ここはウランバートル近郊といえども大の田舎だ。向こうの点のように見える隣ゲルに行くには徒歩で10分以上はかかる。まあ、馬を走らせれば1〜2分というところか…。隣ゲルに住む少年がちょうど自転車の空気入れを借りにここのゲルまで馬でやってきて、サッと馬にまたがり走り帰って行くのを見たが、ちょっと醤油を切らしてしまったらこんな感じで隣ゲルに借りに行くのだろう。ここモンゴルでは馬は移動手段としてごく日常的なものなのだ。また、馬は遊牧民にとって財産であり、羊は食べても馬を屠殺して馬肉を食うことはしない。モンゴルの人にとって家畜の中でも馬は特別なのである。
 1泊2日間お世話になるゲルの家族に挨拶を済せると、早速その馬に乗せてもらうことになった。私にとっては初の乗馬、しかも大草原の中だ。いやでも胸が高鳴る。
 遊牧民の人達の乗り方手本をよく観察してから馬の前方から右側に近付く。鞍のあぶみに足を掛けて…自転車にまたがるように…スムーズに…恐がらずに…。
 
「よっこらせと…。」
 
 乗れた。視点が高くて、馬が少し揺れるのでちょっと驚くが、大したことはない。こちらが過度に緊張したり恐がったりしなければ、馬もおとなしいものだ。手綱をとり、歩かせてみた。馬の歩調に合わせて身体が揺れる。
 
〔…、く〜〜〜!!!!サイコー!!!!馬って楽しい!!感動ー!!〕
大草原の中を馬で駆ける。これぞモンゴルの醍醐味といえるのだ。
 
 ここで是非、モンゴルでは好きな人と馬で並走することを読者の方々に伝えておこう。家田氏(男性)の乗る馬と並走したのだが、二人で馬に揺られているとなんだか二人の間に愛が芽生えてくるような不思議な感覚がしてくるのだ。お互いが馬に乗る共有感、適度な緊張感(≒ドキドキ感)や、なにもない草原に囲まれる二人っきりの感じ…。そこら辺のジェットコースターに乗るよりも感じる恋愛度は数段上なのである。
 乗馬を堪能し終えてゲルに戻ると、「馬乳酒」が振る舞われた。馬乳酒はその名の通り馬の乳から作られたお酒だ。白色で見た目は牛乳などと変わりがないが、少々妙な香りがあるだけで牛乳のような臭さはない。茶碗に波々と注がれた馬乳酒を、ひと口…
 〔…酸っぱい。う〜ん、うまいわけではないが、まずいと断言できるものでもない。そういう飲み物なのだろう。…そういうものなのだ。〕と観念するように1杯飲み干した。
 〔しかし、お酒だというのにアルコールの味がほとんどしない。〕
聞けばアルコール度数は2〜3%とか…。確認のために、もう一杯飲む。
 遊牧民の人達はこの馬乳酒だけを飲んで夏の一日を過ごすことも多く、数々の栄養素を豊富に含んでいるとか…。そう聞いてもう一杯飲む。
 また馬乳酒は大きな容器に馬の乳を入れ、1日あたり1万回それを棒で撹拌することによりできるそうだ。馬の乳は採れる量が少なくそれから出来る馬乳酒も貴重で、遊牧民の大好きな飲み物であるとか…。「なるほど。」と、うなづきもう一杯飲んでみる。
馬乳酒
「ゲフッ…」
 
この程度で酔っぱらうことはないが、慣れない飲み物を少し飲みすぎたようだ。
 
  夕方になり、遊牧民の人が「タルバガン」という巨大なネズミの一種を仕留めて来たので、それをさばいて夜のご馳走に振る舞ってくれることとなった。遊牧民の人は、そのタルバガンを慣れた手つきでさばいてゆく。頭から吊したタルバガンの皮を剥ぎ、内蔵を抜き取り、骨を引きちぎる…。普段それを見慣れていない我々にとっては気持ちの悪くなる光景だが、これがこの人たちの日常であるのだと思い。〔そういうものなのだ。〕ということでその光景を見守る。
 タルバガンは解体された後、その肉と共に剥がした皮の中に再度詰め込まれ、そこに焼けた石を挿入し内部から蒸し焼きにするのである。
 
 出来上がったタルバガン料理をみんなで味わう。
 〔肉汁のスープは最高にうまいが、この肉が…かたい。これは、そう簡単には噛み切れないゾ。それにこのゴテゴテの油身は…食えるんだろうか?味付け無しで、特別においしい肉でもないし…。で、でもみんなおいしそうに食べてる…。そりゃそうか、これは御馳走だもんな…。ここじゃあ、そういうもんなんだよなぁ。そういうものなのだ。〕ということで、タルバガンの肉をバクバクと食べた。
 
 翌朝、寒さで目を覚ました。夏といえどもモンゴルの朝晩は冷える。朝の便意により、トイレットペーパーを持って草原へ行く。(ゲルを一歩でも出ればどこもかしこも草原なのだが、それなりにゲルから離れた場所へ行く。)ゲルにはトイレなど無い。外にも公衆トイレというものは無い。トイレはこの草原一体全てなのだ。
 壁も敷居も当然無いが、お尻の先端ぐらいは草で隠れそうだ。誰も見てはいないが、周りのことがやっぱり気になる悲しい心を〔そういうものなのだ。〕と諦めさせて、ズボンを降ろしハーブの香る朝の大草原で排泄をする。
 
今朝の寒さ、昨夜のタルバガンのかたい肉、飲みすぎた馬乳酒…
案の定、今朝は下痢。
 
〔そういうものなのである。〕
 

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