人生という日常の合間に見つけた平凡な感動や、過ぎ去る時間のぼんやり思惑。 人生紀行

 
ショベルカーがやってきた
No.88 10年先にあるものは(1) 2006. 8.22

 家の隣にあった畑に近ごろ家が4軒建った。もう以前の畑の片鱗は全く無くなり、現在埋め立てて少し空いてる部分にもあと2軒の家が建つらしい。
 隣の土地へ造成工事のためにショベルカーがやってきたのが今年3月はじめで、この8月には引っ越してきた人が暮らしている。つまり半年と経過しないうちに家の隣の様子はガラリと変化したのだ。
 それまでは畑に作られる作物や、それをついばむ鳥、色々な植物の咲く花と、それに集まる虫などがよく見えていたし、ボーっとそういうものを眺めて疲れた気持ちを慰めたり、写真に収めて楽しんだりしたものであった。
 それらがもう見えなくなって数ヶ月経つことになるが、やはり寂しくなったものだ。懐かしい思い出の場所が変わってしまったことの寂しさでもあるが、自分がそのわずかな畑の動植物から日々の気分転換やホッとする気持ちを多くもらっていたのだな‥と、改めて思う。移り変わる季節を感じ、草や生き物の絶え間ない変化に心の落ち着きをいつも得ていたのだと‥。
 現在ではそちらの窓から見える景色に落ち着ける要素は見当たらない。それどころか許可なくジロジロと他人の家である方向を窺うことはできなくなったわけで、半年前よりも気を使う事柄が増えたと言えるだろうか。まぁ、これも時間とともに私の心に馴染んで、お隣さん家族の変化や成長が自分にとって大した関わりが無くとも時々の気持ちの慰めになれば幸いだ。
 
 今は住宅になったその土地、以前の畑になる更に前は空き地だった。土地の半分くらい赤土が剥き出しであとは丈の低い雑草がまばらに生えており梅ノ木が片隅に一本だけという、公園のような遊具も土管のような資材も廃棄ゴミも薮も木々もない、純粋な原っぱだった。
 「原っぱ」と言う言葉を最近使う機会が随分減ったが、そこはまさに原っぱという様子がふさわしい場所で、近所の子供・大人にも「原っぱ」という呼び名で通っていた。日が暮れるまで、鬼ごっこに走り、自転車に乗り、ボールを投げ、虫を追いかけ、草をちぎっては過ごすような子ども達の遊び場だったのだ。
 その原っぱが畑になったときも、どうにも寂しい思いがしたことを思い出す。
 近隣は田や畑や空き地が年々と無くなって、やがて完全な住宅街へと10年の間に大きな変化を遂げてきた。
 家が建て替わることよりも空き地や田畑に家が建つと、見える空の大きさや景色がうんと変わるので、思い出の景色と照らし合わせた時のショックは大きい。
 
 一方では刻々と移り変わる「変化」に心を癒されて、一方ではガラリと変わった「変化」に心を痛める人の心と言うのはなんとも複雑で、なんとも奥深いものである。

 
10年先にあるものは(2)へつづく 
 

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