人生という日常の合間に見つけた平凡な感動や、過ぎ去る時間のぼんやり思惑。 人生紀行

 
No.38 夏の亡霊(3) 2004. 8.29

 Aはサッと軽く作品を一巡するとこの雰囲気に慣れない彼女を気遣う様に(または私に対して居たたまれないA自身の気持ちをかばう様に)足早に二人で会場を去っていく。二人が会場にいる間、(数年ぶりに再会した旧友のはずである!)Aと私が交わした言葉は会場の作品についての味気ない意見を2・3交わすだけに留まった。
 去りゆくAを呼び止める言葉が喉元まで出かけて、私は無言で二人を見送るのだった。
 
 Aと前の彼女との関係が大きくこじれてしまっている事を、今日のAの私への対応が暗に示しているようだった。
 何があったのかは分からないが、もしかしたら別れの原因はAが非難を受けるような内容だったのかもしれないし、過去の友達や仲間の抱く「良き思い出」を汚したと思いながらAは責任を感じていたのかもしれない。
 
 そんなAや前の彼女の気持ちが亡霊になって展示会場を彷徨いだす。その亡霊達の姿は私にしか見えていないようで、会場に増えてきたお客さんをすり抜けて漂い、いつまでも私の心を締め付けた。
 
 それから少しして別の友人からAのことを聞いた「近くAは今のその彼女と結婚するらしいよ。」
私はそれを聞いて〔あの仲間たちとの楽しい一時は、もう戻ることはないのだろう‥〕と思った。そして溜息混じりにつぶやいた「そうか‥」と
 
 たくさんのことが変わって行きます。それがあたりまえで、変わらぬことが悪いことではないのですが、いつまでも居心地の良い場所に留まっている様な自分がとても不器用でつまらなく思えるこの夏の出来事でした。
 
夏の亡霊 おしまい
 

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